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治験翻訳A to Z
  キーワードで考える治験翻訳の世界
東京医科歯科大学非常勤講師
アルパ・リエゾン株式会社代表
有馬貫志
第2回   Blinding
 
  A procedure in which one or more parties to the trial are kept unaware of the treatment assignment(s). Single-blinding usually refers to the subject(s) being unaware, and double-blinding usually refers to the subject(s), investigator(s), monitor, and, in some cases, data analyst(s) being unaware of the treatment assignment(s).

*ICH HARMONISED TRIPARTITE GUIDELINE FOR GOOD CLINICAL PRACTICE E6
http://www.nihs.go.jp/dig/ich/efficacy/e6/e6step4.pdf
 
盲検化   治験に参加する単数または複数の当事者が、治療方法の割付けについて知らされないようにする措置をいう。単盲検法は通常、被験者が割付けの内容を知らされないこと、二重盲検法は被験者、治験責任医師、モニター及び一部の事例ではデータ解析者が割付けの内容を知らされないことを意味する。

**「医薬品の臨床試験の実施の基準(GCP)の内容」厚生省中央薬事審議会答申第40号

前号では、治験は治療を伴う臨床試験であり、試験の目的は主に薬の有効性と安全性を調べることだ、というお話をしました。安全性を語る上で重要な役割を担っているのが、 Adverse event(有害事象)でしたね。副作用が吐き気や発熱などの思わしくない病気や作用のうち、薬に起因して起こると考えられるもののみを示すのに対して、有害事象は治験中に被験者に発現したあらゆる有害な事象を示すこと、また、副作用という用語の代わりに、薬物有害反応という表現を使うべきだ、という話もしました。まだ覚えていらっしゃるでしょうか? 今回は、薬の有効性と安全性のうち、有効性に関係する話です。薬の有効性はどのように調べるのか、つまり治験実施の方法についてごく簡単に触れながら、その際重要になる Blinding(盲検化)という言葉を取り上げたいと思います。
 

比較試験という方法

世の中にはすでに数多くの薬が存在していますが、にもかかわらず新しい薬を作る目的は何でしょうか? え? お金儲けのため? それも否定はできませんが、でも NDA*1 の申請書類にそんなことを書いても治験開始の許可は下りないでしょう。既存の薬よりも更に「よく効く」薬、つまり有効性が高い薬を開発し、それが被験者の利益になるから初めて認可されるわけです。では、それを実証するにはどうしたらいいでしょうか? そうですね、簡単です。既存の標準的な治療薬と新しい薬との比較試験を行えばいいのです。ただし、比較的まれなクロスオーヴァー試験を除いては、同じ被験者に標準薬と新しい薬(被験薬)を投与することはできませんから、なるべく近しい状態の被験者のグループを二つ作って、一方に標準薬、もう一方に被験薬を投与して比較します。このように被験者を二つないし、それ以上のグループに分けることを「割付け」といいます。上記の引用文では treatment assignment(s) という用語が使われていますね。また、被験薬は必ずしも既存薬と比較されるとは限りません。プラセボといって、薬理成分を含まず、したがって薬理効果のない擬薬を用いてそれと比較することもあります。そのような試験は通常「プラセボ対照比較試験」と呼ばれます。

Biasを最小限にするために

比較試験を行うのは治験を行う病院(治験実施医療機関)のスタッフです。治験は厳密な管理の下に行われますが、その結果を測定し判定を下すのが人間である以上、どうしても不必要な思い込みや先入観などが入り込む可能性が生まれてしまいます。そうした bias(偏り)をできる限り排除するために使われるのが Blinding という方法です。上記の引用文にもあるように、被験者だけが自分が服用しているのが被験薬なのか否かを知らない場合は単盲検法といい、被験者もスタッフも共に知らない場合を二重盲検法といいます。でも、スタッフが知らされないのはともかく、どうして被験者が知ってはいけないのでしょう?

プラセボ効果って?

人間の体と心のつながりは実に複雑で、薬理作用のないプラセボであっても、それを本当の薬だと思って飲んでいると、症状が軽減されたり逆に副作用が出たりすることが知られています。このような現象をプラセボ効果と呼びます。その原因は心理的な作用にあって、心理療法に近いものと考えられ、特に鎮痛効果などではプラセボ効果が現れる傾向が強いといわれています。プラセボ効果が示唆している重要性は、逆のケースを考えれば明らかです。もし被験者に「あなたが服用しているのはただの生理食塩水ですよ」と知らせてしまったらどうなるでしょう。かなり大きな影響がでるだろうことは容易に想像されますね。ほら、昔から「病は気から」っていいますから。治験において bias を避けるための方法としては他にも重要なものがありますが、それは別の機会にお話しするとして、少なくとも Blinding の重要性はお分かりいただけたでしょうか?

BlindingとMasking、その違いは?

さて、冒頭の英文の定義は ICH*2 の E6 、すなわち GCP*3 の用語集からの引用なのですが、実は原文では Blinding/Masking (盲検化/遮蔽化)となっています。 Blinding も Masking もどちらも同じ意味ですが、現状では Blinding のほうが多く使用されているようです。ただし治療の対象が眼科に関するものである場合は、視覚障害を意味する blind との混同を避ける意味で Masking が使われます。でも、同じ内容を表す用語が複数ある必要はないのだから、Maskingに統一すればいいのにって、思いませんか? そう思う理由は他にもあります。それは「盲」という漢字が日本語として持つネガティブなインパクトによるものです。現在のところ「盲」という漢字は医学の世界では特別に規制されるべき対象にはなっていません。治験翻訳では、有害事象名は原則的に MedDRA*4 という有害事象専門の辞書に従って表記するのですが、今手元にある MedDRA7.1 を調べてみると、例えば blind both eyes は「両眼盲」、 blindness color は「色盲」とあります。翻訳者が勝手に「両眼視覚障害」「色覚障害」などと変えることはできません。私個人のイギリス生活から判断に過ぎませんが、英語では blind という単語に社会的コノテーションは感じられませんでしたから、これは日本語に訳された場合だけの問題かもしれません。このあたり、ちょっとした居心地の悪さを感じるのですが、皆さんはどう思いますか?

 

Key Word
治験翻訳
医薬翻訳の中心的な分野で、製薬メーカーが開発中の新薬の効き目を臨床等で試す許可を、各国の認可機関に申請する際に添付する申請書類の翻訳のこと。

*1 NDA (New Drug Application)
新薬の承認をFDAに対して申請すること、またはそのための書類

*2 ICH (International Conference on Harmonization)
日米EUの3極で新医薬品の承認審査規制の調和を図り、優れた医薬品をより早く患者に届けるために創設された会議

*3 GCP (Good Clinical Practice)
被験者の人権、安全、福祉の保護を目的として、治験の実施、計画、モニタリング、監査、記録、解析、報告などに関する遵守事項を定めたガイドライン

*4 MedDRA (Medical Dictionary for Regulatory Activities Terminology)

医薬品に関連する国際間の情報交換を迅速かつ的確に行うため、ICHにおいて作成された国際的に共通する医学用語集

『通訳翻訳ジャーナル』2006年6月号より転載