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治験翻訳演習担当講師
東京医科歯科大学非常勤講師
アルパ・リエゾン株式会社代表
有馬貫志
《第29回》 翻訳の質の向上にむけて
前回まで4回にわたり、「翻訳者の社会的な位置について」と題して、現在翻訳者が抱えている最大の問題である報酬料金の低下とそれにともなう労働条件の悪化についてお話しました。その内容をまとめると、日本語と英語との翻訳は印欧語同士の翻訳に比べてはるかに困難であるにもかかわらず、外資系のクライアントのトップをはじめ、なかなかそれが分かってもらえないこと。さらに翻訳支援ソフトやアマチュア翻訳家の要因についてもお話しました。それら負の要因の累積の結果生まれているのは、他でもない翻訳の質の低下です。翻訳レートの低迷の原因は、本質的にはこの翻訳の質の低下に集約されています。
翻訳の力とは、原文を読む語学力、専門知識、訳文を書く表現力または語学力の3つです。原文が外国語でその読解力が足りない場合、その問題を克服するには長い時間と大変な努力が必要とされます。ただ闇雲に原文で書かれた文書を読めば良いわけではなく、きちんとした指導の下での効率的な読み込みが必要になります。英文読解であれば、その参考書や指導者は市場にあふれていますから、そうしたものを参考としてもいいでしょう。
書く力が足りない場合は、独学でその問題を解決するのは非常に困難です。信頼の置ける教師またはアドバイザーから添削を受けながら、体系だった学習が必要となります。書く力は、翻訳業務に限らず、すべての知的作業の中核をなす技術ですから、その質的向上は将来への投資としても、多大な価値を持っています。専門知識が足りなくて、読めないまたは書けないという問題を抱えている人は、ある意味一番ゴールに近いところからレースを始められます。読む、書くに対して知識の獲得は最も短時間で克服可能な問題だからです。それにしても、ある程度限定的なのは治験の流れやシステムに関する事項で、医学薬学に関する知識は無限です。何をどこまで知る必要があるのか、できれば体系的なガイドラインが必要になります。
そうした翻訳者個人の能力とは別に、翻訳の質の向上に欠かせないのは、翻訳者、翻訳会社、メディカルライター、クライアントといった「共同事業者」相互の円滑かつ十分な情報交換です。現状の翻訳業務のあり方を見ていると、この情報共有ができておらず、大きな無駄が生まれているのがわかります。これについては、業界全体の課題でもあるので、また別の機会にお話したいと考えています。
つーほんメール【第116号】2007年6月7日発行より転載
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