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治験翻訳演習担当講師
東京医科歯科大学非常勤講師
アルパ・リエゾン株式会社代表
有馬貫志
《第28回》 翻訳者の社会的な位置について(4)
前回は日本語の話者は最も単純な文法構造を持った日本語から始めて、より複雑な文法構造を持ったターゲット言語に挑戦しているという話をさせていただきました。生まれながらのバイリンガルではなくて、英語を後天的に身につけてがんばってらっしゃるかたは、もっと自分を誇りに持ってもよさそうですね。さて、翻訳料金がなかなか上がらない理由には、外資系のボスが日本語との翻訳の難しさを理解してくれない、というほかにも様々な要因があります。その中で無視できないのは、翻訳支援ソフト、特に翻訳メモリーソフトの普及と、いわゆるアマチュア翻訳者の増加です。
翻訳メモリーの普及には功罪の両面が存在しています。確かに翻訳の効率を上げ、特に翻訳会社の経済効率を高めるのに役立っているのですが、その一方では「合致率」なる考え方が生まれ、翻訳者を苦しめています。つまり、ある翻訳対象となる文をメモリーにかけ、過去の翻訳文と共通した部分が見つかった場合は、その文だけ翻訳料金が差し引かれてしまう、ということが起こっているのです。例えば、翻訳対象となる原文が10ワードの文で、過去の翻訳文との合致率が80%であったら、翻訳料金は8ワードとして計算されてしまうということになります。もちろん、ここでの計算式は架空のものですから、実際にはもっと複雑な方法を採用していると思いますが、問題の根本はわかっていただけると思います。翻訳者は、合致率とは無関係に、まったく新しい文を訳すときと同じだけの作業を強いられる場合が多いはずですから、これは大問題ですね。
また、いわゆる日本の国際化や世界のグローバライゼーションの結果、日本でも英語の必要性が増し、海外留学経験者や、日本人の英語話者が増えるにしたがって、いわゆるアマチュアレベルの翻訳者や翻訳希望者が増えているという現実も無視できません。これはこれで、翻訳者の裾野が広がるという意味では、翻訳業界にとっては大変ありがたい現象なのですがやはり、問題も孕んでいます。その問題とは、そうした「アマチュア」翻訳者層の方が、安くてもいい、あるいは、ただでもいいから、翻訳の仕事をしたいと考え、そうした人たちの仕事が、実際に世に出ていることです。とくにインターネット上の翻訳にはそうした翻訳が多く見られるようです。
誤解のないように重ねて申し上げますが、このような翻訳者の増加自体は大変喜ばしいことです。問題の根源は、翻訳にも「比較的手軽な」翻訳と「大変困難な」翻訳とがあり、それぞれに必要とされる「技術の差」は、一般に考えられているよりずっと大きいものであるにもかかわらず、なかなかそれが理解されないという点です。一番理解してくれないのがクライアントの購買担当者だったりします。一般社会における翻訳料金の底辺を形成するこうした「翻訳ビジネス」のあり方は、放っておくと、翻訳業界全体に大きな悪影響を投げかけることになりかねないのです。
つーほんメール【第115号】2007年5月21日発行より転載
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