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治験翻訳演習担当講師
東京医科歯科大学非常勤講師
アルパ・リエゾン株式会社代表

有馬貫志





《第27回》 翻訳者の社会的な位置について(3)
東京では初夏のような陽気が続いていますが、皆様お元気でしょうか? 前回は治験実施の主体である外資系の製薬企業のトップが印欧語の話者である場合、日本語印欧語間に存在する翻訳の困難さをなかなか理解してもらえない、というお話をいたしました。この点について追加説明をしたいと思います。このメルマガ読者のほとんどの方が日本語を母国語としていると思いますが、日本語を外国語として捉えた場合、日本語の文法をマスターすることは、どの程度難しいとお考えでしょうか?実は多くの外国人にとって日本語の基本的な文法をマスターすることは、それほど難しいことではありません。

表情や動作などの非言語的な要素を別として、言語による情報伝達の三大要素、つまり情報伝達のための道具は、音と意味と形(文法)です。この3要素の相互作用の結果、伝達が行われます。さて、どの言語を媒介とした情報であっても、伝達される情報量は等価ですが、言語によってその情報伝達の拠りどころは少しずつ異なっています。日本語は同音異義語が多いことや、表音記号として最も洗練されたアルファベットではなく、より未分化な「ひらがな」シラバリーで十分役に立つことからも分かるように、音による情報は少なめです。

また、文法に関しては、日本語の文法構造は人類の言語のプロトタイプ的な「基礎文法」あるいは「普遍文法」に最も近い形をしていると言われています。そんな馬鹿な? いえいえ、これは根拠のないことではありません。複雑な統語理論による証明はここではできませんが、たとえば、単数、複数の概念はどうでしょうか? 多くの言語では単数複数の違いは明示されますね。名詞の性はどうでしょうか? 女性、男性、中性のうち二つないし三つを備えた言語は多くありますね。動詞の時制による違いはどうでしょう? 日本語の動詞は基本的に過去形と非過去形を持つのみで、現在と未来は動詞の時制以外の語彙や文脈で補われるのが普通ですね。また日本語には冠詞システムもありません。

日本語の文法は世界の他言語に比較して極めてシンプルです。日本語は音と文法による情報伝達が少ない分、語彙と文脈によってそれを補っています。つまり、日本語の話者は最も単純な文法構造を持った日本語から始めて、より複雑な文法構造を持ったターゲット言語に挑戦しているわけですから、「外国語が苦手」なのも、ある意味、無理なからぬことなのですね。でも、こうした困難を身にしみて理解できるのは、同朋の日本語話者だけですから、これは大きな問題です。さて、紙面が尽きてしまいました。続きは次回で!

つーほんメール【第114号】2007年5月8日発行より転載