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治験翻訳演習担当講師
東京医科歯科大学非常勤講師
アルパ・リエゾン株式会社代表
有馬貫志
《第14回》 秋学期スタート!
10月に入って、いよいよ秋も本番。治験翻訳講座も秋学期がスタートし、基礎クラス、実践クラスとも第一回目の授業が無事終わりました。去年の特別開講から数えて、三回目の講座開講になりますが、最初の授業は教える側も、やはりちょっと緊張するものです。でも、演習クラスのようなActivity orientedな講座で学ぶときは、何よりもリラックスできる環境が大切。緊張した状態では能力を発揮できないし、脳内の情報伝達も非効率的になるからです。演習クラスでは受講生の皆さんが向き合う形で机を並べ、活発な討議が自然と生まれるような雰囲気作りを心がけています。
さて、演習クラスの最初の授業では、翻訳技術に対する基本的な考え方をお話しています。
その中でよく話題となるのが、実務翻訳の分野において心がけるべき翻訳態度は「逐語訳なのか、意訳なのか」という問題です。みなさんはどうお考えでしょうか?逐語訳というと、「個々の単語にばかりこだわっていて融通がきかないし、読みにくい」というイメージがあるかもしれませんね。また反対に意訳という言葉には「正確性に欠ける原文とかけ離れた勝手な訳文」のようなイメージがあるかもしれません。
実際に「先生によって意見が違う」ということもあるわけで、これは翻訳者を志す人にとってとても迷惑な状況です。僕は逐語訳にこだわって日本語の自然さが犠牲になるのは問題だと思います。クライアントからは「読みやすさ」に対する要求が高まってきているからです。でも「だから意訳をすればいい」と考えるのは間違いですよね。大切なのは「忠実に写すべき対象は何か?」という命題を常に意識することです。その対象は個々の単語ではなく、意味構造だと考えています。
翻訳業界では、とかく意訳、逐語訳という用語ばかりが独り歩きしていますが、実際に一線で活躍してらっしゃる方の訳文を見れば、そこに大きな差は見られないのが現状ではないでしょうか?100%の逐語訳は不可能ですし、勝手な意訳は商品になりません。意訳VS逐語訳という対立概念自体が無意味であることを認識し、その呪縛から抜け出しましょう。
つーほんメール【第101号】2006年10月22日発行より転載
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